2008年 03月 18日
チベットと日本の繋がり
前回チベットの国旗が旭日旗に似てるみたいと書いたけれど

ちょっと検索したら
こんな記述が書いてあるのがありました。

チベット「国旗」は雪山獅子旗というらしい。
これは20世紀初頭にチベットに滞在し「秘密国チベット」を著したことでも知られる日本人の青木文教とチベット人のタクラがチベットも日本のように民族独立を勝ち得たいという思いを込め、「旭日旗」に着想を得て作成したものなんですね。とりわけ、チベットの場合は中国王朝の中華主義によって随分政治的干渉を受けてきたから、日清戦争への勝利というのも当時のチベット人が「親日」感を抱いた一因でもあるんですけどね。 某ブログキャシュより

さらにチベットとは日本が忘れている恩があるんですね。
日本が戦争で負けてチベットも敗戦国のような立場に立たされてしまうわけです。

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太平洋戦争の開戦前、経済封鎖された日本国に対し、
チベット政府から大量の羊毛が送られてた
来ました。その理由はただ、
「同じ仏教国が苦しい思いをしているから」
でした。
戦争突入後、チベットは一貫して中立を守り、日本との
国交は変わらず続けられていました。当時の日中戦線において、
中国はアメリカから武器弾薬等をビルマ経由で輸入していましたが、
このルートが日本軍によって絶たれた後、連合軍側はヒマラヤ越えの
チベット・ルートを開こうとしました。しかし、先代のダライ・ラマ13世は
あくまでも中立を貫き、アメリカ大統領特使の強硬な
要求にも断じて応じませんでした。
このあまりにも理想主義的な外交が、やがてチベット国に
悲劇をもたらす結果となりました。
1945年8月15日・・・日本の敗戦です。
日本との国交を継続していたチベットは、なんと国際舞台で
「敗戦国扱い」をされるようになってしまいました。
その後、戦勝国によって「国連常任理事国」が結成され、
中国もそのメンバーになりました。これが更なる悲劇の幕開けでした。

http://homepage3.nifty.com/~dennoji/t_gallery.htm


しかし日本は今チベットに対してとても冷たいです。
むしろ欧米の方が理解が深いですね。

この理由というか、原因となっている存在があるのは、
ちょっと考えるとわかると思います。

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+++++ 3/20 追加 ++++++

ダライとはモンゴルで大海、ラマとは僧という意味。
16世紀に当時のモンゴルの支配者が、チベットで最大の寺の僧侶に感銘を受け、
送った「称号」だそうです。
歴代の転生者は観音菩薩の化身とされています。
つまり宗教的には括仏です。

中国共産党はそれを「怪物」と呼んでチベット人にも言わせています。
キリストの「神」やイスラムの「アッラー」を「怪物」と言っているのと同じ。
いかに非道極まりない、野蛮なことか。

その中国の胡錦濤が日本に来日したら池田大作に会いたいとか。
その理由を考えてみた。
たぶん中国はお飾りの仏教が欲しいんでしょうね。
つまり宗教を利用した自分達に都合のいいもので大きな影響力を作りたい。

当然世界を捜しても中国に協力する仏門なんてない。
ダライラマほどの高僧はいませんからね。
そこで似非でも創価学会という巨大な宗教組織を作った池田に興味があるのでしょう。
池田もこういう権力が大好きだから会うのはためらわない。
まさしく「怪物」同士の会談になる。

+++++ 3/23 追加 ++++++

昨日六本木で行われたチベット支援デモ
参加した人達がネットで様子や感想などをアップしてくれています。

 「戦後初めての中国批判デモ」
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by anbsakura | 2008-03-18 00:32 | News


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